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社長のアタマ – プロパティワコー社長ブログ

カテゴリー: 仕事

仙台地区応援視察⑦

2011年06月16日

バスは再び東北自動車道を経由して仙台へ。

最後の視察地、高速道路を境にして津波に壊滅的な被害を受けた海側の新興

住宅地にあった小学校に行きました。

地震発生直後、体育館に避難した多くの近隣住民が、一瞬にして津波にさらわれた

そうです。

慌てふためいて逃げてきて、とりあえずは安全な避難場所でホッと一息のはず

だったのに・・・・・安心、安全な場所だったはずなのに・・・・・

小学校の多くは耐震補強が進んでおり、今回の被災地の中でも地震で崩壊した

という事はほとんどなかったと報道で目にしました。

ただ沿岸部で津波が直撃した建物というのは、津波の威力がいかに人知を超えた

ものであったかを物語ってます。

体育館の2Fギャラリー部分の窓はすべて割れており、波の高さがわかります。

警報が出てから到達までは間もなかったことでしょう。

海岸の防風林をなぎ倒し、家々を飲み込み、やがて避難者であふれる体育館の

フロアを一瞬で覆いつくし、跡形もなく全てを流していく黒い波・・・・・

校舎玄関の掲示板には「卒業式予行演習」との当日の行事予定。

校舎3階部分の時計は発生時刻の2時46分を指したまま止まっています。

なんとなくしんみりせずにはいられない光景で、最後の最後にまたコトバを失った

小学校を後にして、仙台駅前で解散した1泊2日の応援視察でした。

仙台地区応援視察⑥

2011年06月15日

衝撃的だった女川を後にし、昼食のため再び石巻に入ります。

まずは付近の多くの人を救い、助かった人たちが惨状を目の当たりにした6階建ての

立体駐車場を見学です。

EVは壊れており、非常階段で最上階へ。

付近が一望できる場所で、当日命からがらここへ避難した駐車場の管理人さんの

お話を伺いました。

第二波、第三波と押し寄せる津波に街が呑み込まれていく一部始終をなすすべなく

見ていたその女性は、最後は涙交じりになっていました。

道路向かいのビルの窓枠に必死でしがみついている人や、どんどん流されていく

橋の上に停まっていたクルマが次々流されていく様子とか・・・・・

そりゃたまらないだろうと思います。

ただ救いは、近隣の町内会からの要請でこの立体駐車場ビルが「防災拠点」と

して新しい役割を担っていくとの事。

犠牲者の方々への誓いというか、生き残った方々が今回の震災の教訓を犠牲者の

方々のために活かしていくシンボルというか。

きっとこれからの石巻になくてはならない建物になっていくんだと思います。

そこから昼食会場へ。

冠婚葬祭なんかで団体客の利用が多そうなお店でしたが、エントランスホールの

雰囲気がなんか違うんです。

よく見てみると、古着屋さんかのように衣類がハンガーやテーブルに陳列されている。

貼紙には「必要な方はお持ち帰りください」と。

救援物資として寄せられた衣類だったんです。

ベビー服からレインコートのようなものまで。

見に来て、手に取ってる方もいらっしゃったんで、きっとどこかで役に立つんでしょう。

地元ののために出来る事、をカタチにした結果なんでしょう。

地元とともに頑張っていく、というそのお店の決意なんでしょう。

助け合いやなぁ・・・・・と感動しつつ、地元産の海鮮料理に舌鼓。

再びバスに乗り、仙台へと向かいますが、最後に寄った小学校のハナシは次回に。

仙台地区応援視察⑤

2011年06月14日

女川は約40mの津波が押し寄せたそうです。

40mって・・・・・映画の世界やん・・・・・

その傷跡は車窓からの風景で目の当たりに。

丘の上から見下ろすのはホントになんにもなくなった街の様子です。

大分で言えば護国神社の鳥居とか、にじが丘のゴルフ練習場とか、上野の美術館

だと中腹くらいの高さに町営の病院が建ってますが、その2階まで津波が到達した

との事。

40mってそんな高さです。

テレビで見た通り。

川を遡るようなカンジで、沿岸から山裾の地域までキレイに何もなくなってました。

ビルの上には逆さまになったクルマがあり、RC造の3階建のビルが基礎から

ポッキリ折れたように真横に倒れています。

非常階段が側面についてて、屋上防水のシートの緑が見えてて、段々とビルが

真横に倒れている事が分かる・・・・・衝撃です。

海産物の加工のために倉庫があったところからは、魚の腐った匂いが漂ってくる。

異常なぐらいハエも多い。

やっと車が通れるようになったという道路は、当然ながら街灯などありません。

震災直後の夜にクルマでここを走った人は、がれきをよけながら、側溝に落ちない

ように真っ暗闇の中をしずしずと、それは怖くてしばらくは来ないようにしようと

思ったとおっしゃってました。

打ちのめされた思いの中バスは昼食のため再び石巻へ。

中心街でお聞きしたハナシ、見てきた事は、また次回に。

仙台地区応援視察④

2011年06月13日

二日目のバスは石巻に入って高速を下ります。

市内は仙台とは比べものにならない状況です。

まさにテレビで見る通りのグチャグチャな街を目にすると、一様に漏れてくるのは

「はぁ・・・・・」

「へぇ・・・・・」

唖然としてしまいます。

とにかくクルマがあんなにクシャッとつぶれた所や、鉄骨があんなにひん曲がった

所は生まれてこの方見た事がありません。

道路を挟んで方や住宅街は木造二階建ての住宅がごくまれに残ってはいますが、

ほとんどが解体後の廃材の集積。

方や工場地帯は倉庫が柱ごと傾いていたり、大きなタンクが転がっていたり。

特撮映画の怪獣が暴れた後のようです。

それでもずいぶん片付いたそうで、各地で集めたがれきの集積所は果てしない

広さの空き地に高さ4~5mのがれきの山が延々と続いていました。

20年分の廃材が出てるとの試算をしているらしいです。

クルマはクルマで一ヶ所に積んでありましたが、もう見ているこっちが滅入る光景。

行き交うトラックにはそれでもまだまだがれきの山、山、山・・・・・

昼食に戻って来る事になるこの石巻はそれでもまだ街が残っている方らしく、

確かに「ここを境に津波の被害の大小が分かれた」と言われている川の向こうには

無傷に近い集落も残っていました。

物資やインフラの面では無傷とは言えないんでしょうけど・・・・・

コトバを失ったわれわれを乗せて、バスは女川を目指します。

「この丘を越えると、風景は一変します」

との案内に、気が滅入るのと怖いもの見たさの複雑な感情が。

さらに壮絶だった女川のおハナシはまた次回。

仙台地区応援視察③

2011年06月12日

引続き仙台地区応援視察のお話を。

2日目はバスに乗って仙台南部~石巻~女川を視察です。

朝の仙台市内は東北自動車道へ向かう一般道が渋滞しています。

復興作業の必要な被災地にはホテルも足りず、やむなく仙台市内を拠点に

動く人が多いとの事。

朝夕をピークに恒常的な渋滞が発生しているそうです。

仙台市内は前日に感じた通り拍子抜けするほど被害が少なく感じていたんですが、

この東北自動車道を挟んで景色が様変わりします。

当日はちょうど高架の道路ほどの津波が押し寄せ、道路が堤防の役割を果たして

道路以南は壊滅的な被害だったにも拘らず道路以北は被害がなかった。

道路を挟んで天国と地獄の風景が広がっており、車窓から見えるがれき、ヘドロに

覆われた田んぼ、ぐしゃぐしゃのクルマに言葉を失います。

高速道路で石巻に向かう車中、当日の避難状況を聞かせていただきました。

まさに九死に一生の奇跡的なハナシばかり。

意を決して道路を逆走して助かっただとか、サーフボードでパドリングしただとか。

印象的だったのは、みんな明るい事。

ネタにしてくれるんです。

だからこっちも気持ちが落ちない。

それがいいか悪いかはTPOだと思いますが、少なくとも僕はハナシがすんなり

入ってきました。

石巻にはそんな事も言ってられないくらい悲惨な風景が広がっており、さすがに

僕も言葉を失いましたが、それはまた次回。

仙台地区応援視察②

2011年06月11日

先日に引続き仙台地区応援視察の報告とします。

初日の夜は名物の牛タンをいただきながら懇親会です。

協会の九州支部、中国支部の視察参加者に地元南東北支部から会議にご参加

いただいた役員の方々、総勢40名以上の懇親会になりました。

開場への移動中、全住協で進めている復興支援住宅の準備、対応の拠点である

現地事務所を拝見し、実務にあたる方々のお話を伺う事が出来ました。

とにかくそのスピードと「なんとか役に立ちたい」という気持ちに感動です。

この約3ヶ月、休みは3日しかなかったそうです。

一人は間近に控えた結婚も延期して。

さすがにその場では聞けなかったですが、懇親会の席ではなかなか言えない

苦労話もたくさん聞けました。

被災者の立場を振り回す輩がいるんですね・・・・・お察しします。

仙台市の国分町という繁華街で三次会までやりましたが、日曜日の夜とは

思えない賑わいでした。

聞けばほとんどが復興支援関係の県外から来たお客さんだとの事。

予約なしにはなかなかまとまった人数がお店に入れないくらいで、ちょっとビックリ

するくらいの人出でした。

おいしい牛タンもいただき、夜の街のにぎわいも堪能し、なんとなく

「うん、確かに仙台大丈夫やな」と錯覚してしまった初日の夜。

それが錯覚だった事は、翌日のバスからの風景を目にして分かるんですが、

それはまた次回・・・・・

仙台地区応援視察①

2011年06月10日

6/5(日)、6/6(月)の2日間、全管協九州支部主催の仙台地区応援視察に参加

しました。

震災発生から約3ヶ月。

こと仙台に限った話をすれば復興のスピードも速いようで、地元の方々からも

「まず見に来てくれ」との声がありました。

当日の事、直後の事、余震の事、現在の事・・・・・

とにかく業務面、生活面にどのような支障が出るのか、それをどう克服すべきか。

また、全住協で進めている災害時住宅支援制度がどのように機能しているのか。

問題点とこれからの準備をどう進めていくべきか。

やはり早いうちに実際の現場を見て、聞いて、ノウハウを一つでも多く吸収したいと

思い、即参加を決めました。

初日は会議形式で仙台地区、福島地区からご参加いただいた企業の方のお話を

伺い、われわれが質問する時間をいただきました。

一つ一つの事例と教訓を挙げればきりがないですが、重要なキーワードは

「専業化」「分業化」である事が分かりました。

まずは状況把握のための情報収集。

発生直後には、テレビ、ラジオ、インターネットを駆使して

「どこで何がどうなってるか」を集める。

もちろん最優先は安否確認=「どこで誰がどうしてるか」である事は

言うまでもありません。

次に「全ての人が同じ目的で動く」パニックへの対応です。

クルマにガソリンを入れる、生活に必要な物資を調達する、罹災証明を取得するetc

特にガソリン、生活必需品は入居者の皆さんを助けるわれわれが動くために必要

です。

一日皆さんのために走り回った我が社の社員が、クルマはガス欠、夕飯も食べられ

ないでは出来る事も出来なくなってしまう。

物件の状況確認も、入居者の皆さんからのお困り事の電話受付も、専業化して

分業化しない事には捌けない。

まさに「全ての人が同じ目的で動く」状況に対応するための臨戦態勢を準備しなく

てはいけません。

それ一つとっても途方もない苦労です。

九州は台風の通り道なので、一日限りのパニックは数多く経験しています。

その大変さも・・・・・しかもそれがいつ終わるとも分からず延々続くわけです。

準備と言って何がどれくらいいつまでに出来るかはさておき、少なくともこの

キーワードを理解出来た事は大きな収穫となった会議でした。

プライドと心中なんかしたくない

2011年05月29日

事業計画の一次策定権を委譲した部門長が悩んでいます。

より良い選択を、より良い方法を探すため、あるいは自分の指示に万全を期するため

時間をかけて考え、時間をかけて調べているのはよく分かります。

また、大事な場面を自分で引き受け、大事な場面だからこそ結果をより万全なものに

したい心境、これも分かります。

ただし、時間をかけ過ぎるから結論が遅い。

ジブンが前に出過ぎるから、大事な時に時間が足りない。

これは困る。

あなたの指示を実行する立場の人が足踏みする状況を作ってしまっては、全てが

足踏み、停滞してしまいます。

それであれば早い決断と早い役割分担が必要になりますが、ただでさえ多忙な

責任者が、全ての難問を瞬時に判断出来るなんて事はしょせんあり得ないハナシ

なんです。

提案です。7割程度の粗削りの案を、どんどん持ってきて相談して下さい。

着目している点が違うと、時間をかけてきた案を修正しなければいけない。

判断するのに必要な材料が集まってなければ、それを集めるためのアドバイスを

しなければいけない。

分かっている事を言われるのも、分かってない事を指摘されるのもイヤな事で

あるのは百も承知です。

でも、それを一人で仕上げようという意気込みよりは、みんなの成果を優先しま

せんか?

達成感は、みんなで味わえるものにしませんか?

ちょっとやる気が独りよがりになりがちの部門長が目立ちます。

僕も、あなたの下で働く人たちも、あなたのプライドと心中は勘弁願いたいのです(笑)

肩の力を抜いて、みんなもっと当てにしてほしいんですよ。

数字が先か、理念が先か

2011年05月19日

先日の中央タクシーさんのお話で、会長さんがおっしゃってたのは

「理念がしっかり浸透して現場でカタチになってくる事、これが大事です。

そうすれば、数字は後からついてくる。」

う~ん・・・・・じゃ、数値管理ってのは、要らないんですか・・・・・?

数値を重要視してきた僕としては、ちょっと耳に痛いコトバでした。

そう言われてみれば、数字、数字のハナシは、確かにおもしろくはない。

で、お客様にどうすれば喜んでいただけるか、これは確実に楽しい。

う~ん・・・・・

悩んだ末の結論!

お客様にいかに喜んでいただけるか、これが確実に正しい。

ただし、じっくりサービスを出来るための準備には、時間と費用が必要。

きっちり傾向と対策を練るためのデータとバックヤードも必要。

良い情報も悪い情報も共有できる仕組みも、当然ながら必要。

そのためにしっかりと利益を確保しなければいけないし、何より自分達の志す

ホスピタリティがお客様に届いているかどうかは、営業成績にしっかり表れる。

利益確保と情報収集・分析には数字の裏付けが必要。

理念は現場で一人一人の行動になってお客様の採点結果を待つ。

良いサービスがご評価いただければ、それは売上、利益につながる。

いいじゃないですか!キレイにつながった・・・・・やっぱそうですね。

どっちが要らないわけでもない、どっちも必要不可欠です。

要は、理念をサービスというカタチで表現し、ご評価いただけたら利益を更なる

サービスの原資とする。

そのために徹底した数値分析から、喜んでいただける事を常に先回りして準備する。

これが正解のような気がします。

気づくか、気がつかないか

2011年05月13日

出張報告の内容を変えました。

①出張の道中気がついた事を、まずは10個箇条書きにする。

②すぐにマネする事を一つ決める。

この二つが報告内容です。

最初はみんな、受講したセミナーの内容とか、その際にいただいた資料に書いて

ある事をご丁寧にトレースしてくる(笑)

そんな事わざわざ出張報告書で要約する事か?

資料を見れば分かるので、全然必要ありません。

一回目はセーフにしますが、二回目以降は却下。書き直しです。

せっかく遠くまで行くんだから、日頃乗らない飛行機の乗った時のサービスが

どうだったとか、電車の中でのマナーについてだとか、食事をした店のサービスが

どうだったとか、お邪魔した会社の印象とか・・・・・

なんかあるやろ、と。

資料にまとめてる話なんてのは、極めて正論ですが、すぐマネ出来るかどうかとは

程遠いハナシが多い。

「出張の成果としなさい」と言われているのは「明日からすぐにマネ出来る事」なん

ですから、ホントに明日からすぐマネ出来る事をいかに見つけてくるかが問われてる。

それを見つけながら、なおかつ正論は正論として勉強してこいと。

気づくか、気がつかないか。

移動中にも、飯食ってる最中にもピリピリして、少しでも役に立つ事をみんなのために

報告し、広めていく。

これが出張に出る人の任務です。

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