カテゴリー: トピックス
ワールドカップ開幕
2010年06月14日
今さらかよ!と突っ込まれそうですが、ワールドカップが開幕しました。
今回は(も?)日本時間で夜中の試合が多く、寝不足と戦う毎日になりそうです。
4年間の集大成、かつ国の威信をかけての戦い・・・・・
想像を絶するプレッシャーと戦う選手の皆さんには、無条件でアタマが下がります。
試合終了後のユニフォーム交換や、ファインセーブを連発したアメリカのGKが
同じ試合で痛恨のミスから失点したイングランドのGKにかけた言葉などを目にして、
全世界熱狂の渦中で戦う選手同士の連帯感みたいなものなんだろうなぁ
と思いました。
練習のキツイ運動部同士の「あるある」「わかるわぁ・・・」みたいなね(笑)
スポーツと仕事の共通点は「結果がすべて」である事。
もちろん過程が無意味というのではないですが、当の本人がイチバンわかってる。
やはり結果がすべてだと思わざるを得ないのです。
スポーツ、それも国の代表レベルの選手になると、ここ一番での出来を
また知りもしない他人にあーでもない、こーでもないと・・・・・
それに比べれば、僕たちの仕事ぐらいのものはカンタンな話じゃないですか!
スポーツマンシップ、おおいに見習いましょう。
責任
2010年06月03日
また首相が辞めた。
そこで責任について考える。
支持を得られない、自身の存在が国会運営の妨げだというが、
ニュースによると次の総理大臣を選ぶまでの手続きだけでもなかなか
タイトなスケジュールになりそうだとの事。
しがみついて、アタマを下げてでも道筋をつけるべき問題に道筋をつける、
これが責任なのか?
はたまた、思い切って顔触れを一新し、新たな打開策を打てる状況作りの
ために退く事が責任なのか?
いずれにせよ、答えの見えない中、あらゆる批判を受けているその人は、
半年前には救世主のように言われていたのに・・・・・
この状況での責任って、難しい・・・・・
カンタン化
2010年05月24日
昨日見た「題名のない音楽界」というテレビ番組の話です。
HIROSHIさんというピアニストと、こまつさんというマルチ奏者
(電子ピアノ、鍵盤ハーモニカ、トランペットのうち2つを片手で同時に演奏する)
が出演していました。
二人ともそれぞれの楽器ですごいレベルの演奏者でなんですが、スゴイのは
楽器演奏の楽しさを実にわかりやすい形で表現してくれるところです。
カノンというクラシックの名曲(ケータイの着メロにも入ってますね)をピアノで
左手で伴奏しながら、右手で引く主旋律はみんなが知ってる歌謡曲とか
演歌を乗せて演奏する。
しかも、一小節ごとリレー方式で相手に渡す「カノン山手線ゲーム」はすごかった!!
ベースはクラシックのカノンです。
ところが、二人の手にかかると一小節ごと別の曲に変わりながら、最終的には
カノンの演奏としてキレイにつながってる。
すげぇーってのと、これだけピアノ弾けたら楽しいだろうなぁーと。
一般的には小難しいクラシックの楽しさを、実にわかりやすく伝えてくれたお二人に
思わず茶の間からスタンディングオベーションの30分でした(笑)
不動産の業界にも金融の理論が入ってきて(ホントは昔からあったんでしょうが)、
なんか最近やたらと用語が難しくなってるんですよ・・・・・
誰かこれを「カンタン化」して広めてくれる人はいないモンですかね。
みんな使える理論になると便利だと思うんですが・・・・・
それが出来て初めて実になる学問=実学と言えると思うんですが・・・・・
確かにそう・・・・・薄情け(うすなさけ)
2010年05月22日
車を運転しているときに聞いたラジオでの話。
現在43歳のパパイヤ鈴木さんのお母さんの口癖は「そのくらいの事では死にゃあせん」だったとか。
今、その言葉を親として聞くと、「乱暴な言い回しだなぁ」という半面、
「親として自分が過保護過ぎるのかなぁ」とも思ったと。
僕はこの話を聞いて、世の中に蔓延している「薄情け(うすなさけ)」のせいだと思いました。
例えば、学校に校則があるのはなぜなのか?
子供が大人になると、否応なしに社会のルールに従わなきゃいけない。
ルールというのは絶対で、社会のルールに逆らうと「犯罪者」になる。
だから学校で「ルールは絶対に守らなきゃいけない」という事を教える。
「校則を守る」という事を通して。
髪の毛がまゆ毛の上○○㎝である事が大事なんじゃなく、
廊下を走っちゃいけない事が大事なんじゃなく、
それがルールだから守らなければいけない、という事が大事なんです。
ところがそれを「個性の尊重」だとか「自由」だとかの話、
まさに「薄情け」で親がひっくり返す。
校則が厳しい事に親が助け舟を出して守ってやると、社会の厳しいルールを
自分の理屈でひっくり返す大人が出来てしまう。
校則は社会のルールを守るための練習で、髪の毛を短く切ろうが
廊下を静かに歩こうが「死にゃあせん」のだ、と言わなければいけない。
一事が万事とまでは行かないにしろ、「死にゃあせん」という励まし(?)で、
社会の荒波に揉まれながら生きていける準備を
子供たちにさせなければいけないなぁ、と思いました。
要らぬ助け船は、薄情け。
薄情けで守られた子供は、やがて社会の荒波にのみこまれていく。
会社のみんなに対しても、「死にゃあせん」の理屈で厳しく励ましていかなければ
かわいそうなのかもしれませんね。
ドクターカー
2010年05月08日
今朝の大分合同新聞に、大分大学医学部付属病院が運用を始めた
「ドクターカー」の話題がありました。
救急患者さんが病院に到着するのを待つしかなかったお医者さんが、直接現場に急行。
車内に装備された医療器具を使って即時の医療行為に入れるのはもちろんの事、
なんとカメラを使って病院にリアルタイムで患者さんの様子を送り、病院で待機する
人たちと連絡を取りながらの治療が出来るとの事。
救急患者さんの救命率アップが期待されているそうです。
一方で救急車の受け入れ拒否が問題になっていますが、いち早く問題に
手を打たれた病院とお医者さんに拍手ですね。
「今一番ほしいサービスを提供する」
サービス業の基本です。




